目が覚めると、そこは見慣れた部屋の中だった。
いつもとかわらぬ、竜騎士団の宿舎。
(――――何が・・・・・・あったんだっけ・・・・・・)
体は重たく、酷く眠い。もう一度瞼を落としかけ、しかしその時隣の人影に気がついた。
見慣れた赤髪の青年が、腕を組んだまま眠っていた。
ふとその目が開かれ、ゆっくりと視線がアルダンに移動する。
「・・・・・・」
目が合った瞬間、彼は息を呑み、しかしすぐに表情を和らげた。
「気がついたか」
立ち上がり、確かめるようにアルダンの額に手をかぶせた。
「デュライ、俺・・・、っ・・・」
「話さなくていい。傷に障る」
ゆったりと肩を抑え、なだめるように囁きかける。
アルダンはぼんやりと天井を見上げたまま、黙って目を閉じた。体中が痛みに悲鳴を上げている。
しかしそれは、まるでヴェールに覆われたように、どこか遠くに感じられた。
「何があったか・・・は、思い出せないか。―――・・・ガルシアを」
その名が出た瞬間、アルダンは大きく息を呑んだ。
「そう、だ、アイツ・・・・・・」
「心配するな。ちゃんと生きている」
即座に返された言葉に、アルダンは安心したように肩の力を抜いた。
「―――・・・お前のおかげだ。」
おもむろに、デュライが呟いた。アルダンの瞳が、ゆっくりとデュライに向けられる。
彼は瞳を伏せ、小さく呟いた。
「・・・・・・救える命を・・・・・・見殺しにするところだった・・・・・・」
「――――デュライ」
自らの腕を強く掴み、苦しそうにそれだけ言うと、デュライは黙り込んだ。
撤退命令を出したことで、自らに責任を感じているのだろう。
被害を広げぬための、苦渋の決断だった。しかしそれは同時に、アレクを見捨てろということだった。
仲間を守るために自ら犠牲になろうとするアレクを、切り捨てる命令だった。
「・・・・・・いいだろ、もう・・・・・・お前のせいじゃ、ねぇだろ・・・・・・」
手を伸ばし、デュライの拳を軽く叩いた。デュライは僅かに顔を上げたが、口をつぐんだ。
「お前は、残りの仲間を助けようとした・・・・・・隊長としての決断だろ。別に間違っちゃ、いねかったよ・・・・・・」
だけど、と、小さく付け加えた。
「今回ばっかしは、命令無視したこと・・・・・悪かったなんて、いわねぇぞ」
アルダンの言葉に、半ば驚いたように顔を上げるデュライ。目があうと、僅かに苦笑をもらした。
起き上がろうとして、やはり体に力が入らずベッドに沈むアルダン。デュライは立ち上がると、再びアルダンの額に触れた。
「――――神竜の力を・・・・・・使ったのだろう?」
そう言い、アルダンの右手を取る。それは肩まで包帯で覆われ、小さく震えていた。
「竜人の力は、ある程度の月日を積み重ねなければ安定しない。・・・・・・お前の力はまだ、不安定だ。
使えただけでも良かったが・・・・・・体への負担が大きかったのだろう。・・・・・・その傷を負った状態では、なおさらだ。」
「――――そっか。俺・・・」
使ったんだ。
小さく呟き、目を伏せる。
正直、自分が何をしたのか、ハッキリとは覚えていなかった。
ただ、右腕に焼けるような熱と、抑えられない力を感じた。そして、鮮明に蘇るのは、全てを凍てつかせた蒼い炎。
―――神力解放。
覚醒と呼ばれる、竜人の最終段階能力だった。
(あれが・・・・・・俺の、力・・・・・・)
デュライにとられたままの右腕を見つめる。
竜を召還する以外の力は、使ったことが無かった。
デュライの言ったとおり、まだ能力が安定していないからだった。使い方も解らない。
しかしあの状況で、しかもこの傷を負った状態で解放できたのは、奇跡に等しかった。
―――いや、もしかすると、あの状況だったからこそ解放できたのかもしれない。
発作的とはいえ、そんな危険な賭けに出た自分に苦笑が漏れた。
「アイツは・・・」
「まだ眠っている。・・・危険な状態だったが、峠は越したようだ。・・・だがなピックフォード。
傷はガルシアのほうが・・・・・・致命傷も負っていた分酷かったが、お前のほうこそ意識が崩壊しかけていたんだぞ」
思わぬことを告げられ、アルダンは息を呑んだ。
「崩・・・って、何・・・・・・」
「言ったろう。お前はまだ、自分自身を制御できていない。覚醒するには、精神的にも、肉体的にも、負担が大きすぎたんだ。
―――正直・・・耐えられたのは、奇跡に等しいかも知れん」
デュライはまっすぐにアルダンを見つめ、静かに告げる。
本当は、アレクよりもアルダンのほうが命の危険にさらされていた。
肉体にも精神にも、体の内部に酷いダメージを負った。
外傷ならば治療できるが、そればかりは手の施しようが無い。
―――アルダンの生命力に、掛かっていた。
アルダンは黙って聞いていたが、瞳を伏せ、少し苦しそうに首を倒した。
胸がゆっくりと上下し、僅かに開かれた口から薄い呼吸音が漏れる。
デュライはアルダンの額に手を乗せ、目元を覆った。
「―――もう少し眠れ。今のお前は、心身ともにボロボロだ・・・ゆっくり、休め」
デュライの、低く静かな声が、じんわりと染み込んでくる。
いつも冷静な彼の声は、酷く傷ついた体には心地よかった。瞼に重ねられた掌が温かい。
それは光をさえぎり、アルダンは再び深いまどろみの中へと落ちていった。
次に目を覚ましたのは、それから数日とたってからだった。
体の痛みは鮮明さを増し、起き上がることが難しい。しかしそれは、精神に負ったダメージが回復しつつある証拠だろう。
酷くのどが渇き、軽く空咳きをすると喉が痛んだ。傍らに置かれていた水差しを取ろうとして、はたと思い止まる。
(―――そういや、アイツ・・・もう目覚ましてんだろうか)
先日自分が目覚めたとき、アレクはまだ眠り続けていた。峠は越したといっていたから心配は無いだろうが、気にはなる。
その時、ガチャリと扉が開いた。
「あっ・・・アルダン、目ぇ覚めた?」
そう言いながら現れたのは、シンだった。アルダンの表情が、ぱっと輝く。
「シン!もう平気で・・・・・・ケホッ」
「まだ起きちゃダメだよ!・・・・・・酷い声だね」
起き上がろうとしたアルダンを押し留め、苦笑する。アルダンも僅かに苦笑した。
言葉が喉に引っかかり、うまく出てこない。
「水・・・・・・とって、くれね?」
「あぁ、ハイ」
コップに注いだ水を差し出し、しかしアルダン一人では飲めないことに気付き飲ませてやる。
「もう大丈夫なのか?参番隊はどうなってるんだ」
「もうみんな大丈夫さ。俺も見てのとおり」
にっこりと笑い、肩をすくめる。
「それよりアルダン、自分のほう心配しなよ。俺達よりもよっぽど重傷なんだから」
「はは・・・・・。俺、どれくらい・・・眠ってた?」
「へっ?あぁ、こないだ目覚ましてからは5日・・・かな。ずっと目覚まさなかったから、ちょっと心配したけど・・・。
傷は大分ふさがってきた。けど、まだ回復には・・・」
「ゴホッ・・・そうだろ、な」
喉元を押さえ、眉をしかめる。体中から斬るような痛みが響き、思わず固く目を閉じた。
「大丈夫かい」
心配そうに手をとるシン。アルダンの手はじっとりと汗ばみ、額には冷や汗が浮かんでいた。
「―――・・・っそう・・・だ、ガルシア・・・」
「え?・・・ああ、アレクな」
唐突に出されたその名前に、シンは半ば度肝を抜かれたようだった。
しかし、彼がわずかに視線を落としたことにアルダンは気付かなかった。
「大丈夫だよ。何日か前、目を覚ましたんだ。」
「・・・そか」
短くそれだけ返すアルダン。口元に、安堵の笑みが浮かんだ。
「まだ意識はハッキリしないみたいだけど、順調に回復してるよ。・・・ただ・・・生命力が、かなり削られてる」
「っえ」
思わぬ言葉に、息を呑む。シンは顔を上げ、アルダンを見下ろした。
「生気を奪われたんだ。“命”そのものを、削り取られた。・・・・・・全快するには・・・・・・時間が掛かるよ」
「――――・・・」
アルダンの脳裏に、全身を貫かれ、死を待っていたアレクの姿が浮かんだ。
あの時、彼の瞳には光が無かった。
―――生気が、なかった。
「・・・やっぱ、寄生型の魔物だったんか?」
「そうらしいね。あの後、ゼストとルークが調査に行ってくれたんだって。」
「どうなってた?」
「びっくりだよ。キレイに氷付け・・・・・・アルダン、覚醒したって聞いたけど、よく無事だったね。まだ適応できてないはずだろ?」
「・・・・・・それについては俺もびっくりさ。で、そんままか?」
「ううん、二人が破壊したって。もうキレイサッパリ」
「そか。安心した」
ホッとしたように肩の力を抜く。あの時はアレクを助けるのに夢中で、とどめを刺したかどうかまで確認する余裕がなかった。
あれで生きていられちゃ、再び同じ事件が起きてしまうだろう。それではやられ損というやつだ。
「まったく、いつの間にあんなところに居座られてたんだか・・・・」
「うん、気付かなかった。上空から見ても、樹と同じに見えてたんだろうね。たぶん、あそこに寄生して周りの生命力を吸収してたんだろう。」
「で、成長してあれか。・・・やられたな。最悪なことが起きんで、良かったぜ、まったく・・・」
眼を閉じ、不機嫌そうに呟くアルダン。が、それを期にぴたりとシンの言葉が止まった。
それに気付き、シンを見上げる。
シンはじっとうつむいたまま、自分の指先を見つめていた。
「・・・・・・シン?」
「アレク・・・――――正直・・・・生きているのは・・・・・・・・奇跡なのかもしれない・・・」
アルダンが避けて通っていた言葉を、シンが呟いた。
思わず彼を見る目が鋭くなり、シンは慌ててごめんと謝った。
「ごめん・・・けどホントに、・・・・・・ホントにそんな状態だったんだ。――――――アルダンが・・・・・・助けに、いかなかければ・・・・・」
そこまで言って、シンはぱっと下を向いた。
そういえば、シンは参番隊の中でも特にアレクと仲が良かった。歳が近いせいもあるだろう。
そんなアレクを残し、脱出するのは、彼にとっては相当の葛藤があっただろう。
それに、相手が植物系ならば、本来炎を司るシンが一番相性は良いはず。
しかし彼の能力はアルダンほど定着できていない。下手をすれば森全体に炎が周り、別の惨事に繋がることも考えられた。
そのため炎の能力を使うのを避けたのだが、もしも自分が能力をコントロールさえできていれば、
この事件はもっと小さく収拾できたことだろう。
そんな罪悪感を、シンは感じていた。
「ははっ・・・泣くなよ、シン」
苦笑を浮かべ手を伸ばすと、泣いてないと返された。
「・・・けど、皆アルダンには感謝してる。アルダンだけが、命令を振り切って・・・助けにいくことが出来たんだから。
・・・自分が危険な目にあってまで、助けに行ってくれた」
「ケホッ・・・・命令、な。どうもアイツが絡むと、こっちまで掟破ることになっちまう」
困ったように笑うと、シンもまた目元を拭いながら笑った。
「そう、そのアレクだけど。目覚めるなり、アルダンのこと心配してたよ」
「?俺を?」
虚を突かれた表情を浮かべるアルダン。シンは小さく頷いた。
「アルダンのこと、すごく心配して・・・・・落ち着かせるの、大変だったんだぜ。まったく、死にかけたってのに」
半ば呆れたように話すシンだが、アルダンは静かに天井を見上げ、口をつぐんだ。
「・・・・・けど実際、アレクよりもむしろ・・・・・・」
「アイツの部屋・・・・・・どこだっけ」
「えっ?」
唐突に聞かれ、度肝を抜かれる。
「えっと・・・俺と同じ、東棟だけど・・・・・・。ちょっと待てよ。まさかアルダン、その体で見舞いにいこうなんて」
「・・・・・・行きゃしねーよ。こっちこそ体中、痛くてたまんねぇんだ」
「ならいいけど・・・いや全然良くないっ!!」
安堵に胸をなでおろし、しかし一拍置いて勢いよく首を振る。
「頼むから早く元気になってくれよな?元気じゃないアルダンなんか、アルダンじゃないよ。気持ち悪い」
「・・・失礼だな。死にかけた同胞に言う言葉か」
笑うアルダンに、つられてシンも笑った。
「さてと、それじゃ俺はそろそろ戻るよ。」
「?もう任務戻ってんのか?」
「いや、まだ休養中だけどね。報告書とかまとめなきゃだし」
「・・・・・・そっか。大変だな、怪我したあとだってのに」
「今にアルダンも書かされるよ。今のうちに休んで鋭気養っとけよ」
シンはそういって笑うと、部屋を出て行った。
急に静かになった部屋の中。
アルダンは天井を見上げると、目を閉じた。
(―――あの馬鹿野郎が。死に掛けたヤツが・・・・・・何人の心配してんだ)
瞼の裏に蘇る、悪夢のような光景。
全身を貫かれ、自由を封じられ、ただじわじわと忍び寄る死を待っていたアレク。助けようとした自分に、逃げろと叫んだ。
死んでしまう、と。
(―――どうして)
両腕で目元を覆い、深く息を吐く。
どうしてアレクは、自ら囮になどなったのだろう。あんなにも若く、竜騎士になったばかりの青年が。
いつもバカみたいに笑っていて、任務なんてそっちのけで逃げ回っていたヤツが。
どうして、自分も逃げようとしなかったのだろう。
やがてアルダンはゆっくりと体を起こした。
少し動いただけなのに息が上がり、痛みに体が悲鳴を上げる。結局そのまま体を折り、歯を食いしばった。
その時、ふと気がついた。右腕が、小さく震えている。
「―――・・・ヴァルダ・・・・・・そっか・・・・・・俺が、無理に力・・・・・・使ったから・・・・・・」
抱くように右腕を押さえる。
「・・・あんまし・・・無理するもんじゃねぇな」
紋章に話しかけるように、小さく呟く。
「・・・けど・・・・・・あと少しだけ・・・」
そこは酷く静かだった。
意外ときちんと整頓された部屋。
その片隅に寄せられたベッドに、彼は横たわっていた。
近寄ってみるも目覚める気配は無く、生気の感じられぬ寝顔で眠り続けるアレク。
アルダンは窓を開けると、椅子を引き寄せ、その傍らに座り込んだ。
こっそりと部屋を抜け出してきたのだ。
運がいいことにまだ明け方らしく、そのせいあって団員に見つかることは無かった。
しかしよくここまで動けたなと胸の奥で呟き、しかしやはり未だ治まらぬ痛みに小さくうめいた。
「・・・死にそうな顔して・・・眠ってんじゃねぇよ・・・」
手を伸ばし、そっとアレクの頬に触れる。
その時、僅かにアレクの睫が震えた。
一瞬手を引きかけ、しかしそれよりも早く、その瞳が開かれた。
「―――ぁ」
僅かに掠れた声が漏れる。気配を感じ取ったのか、アレクは視線を彷徨わせ、やがてアルダンに気がついた。
「・・・ぁる・・・・だ・・・・・・」
「黙ってろ。傷に障る」
思いがけず目覚めたアレクに、少し罰の悪そうなアルダン。
アレクはしばらくぼんやりとアルダンを見つめていたが、再び、「ぁ、」と小さく声を漏らした。
「アルダン・・・怪我・・・・・・」
「どうってことねぇよ。てめェに心配されるようなモンじゃねぇ」
シンの言っていた通りだ。いきなりこっちの心配をしてくるとは。
「アル、ダ・・・な、で・・・こに・・・」
アレクの口からは、掠れた断片的な言葉しか出てこない。一言話すたびに肩が大きく上下する。
聞き取りづらいそれに耳を傾けながら、言わんとすることを推測した。
別に、といいかけ、言葉を飲み込む。
まっすぐに見上げてくるアレクと、目が合った。
「―――・・・気にしちゃ悪いかよ」
ぶっきらぼうに答える。
「・・・気になったんだよ。悪かったな。・・・お前、あの時・・・・・・」
生きてるほうが、不思議だった。
声には出さなかったが、アルダンはアレクから目をそらした。
思い出したくも無い。悪夢のような光景だった。
「・・・だいじょぶ・・・だょ・・・。アルダン、だって・・・怪我・・・酷い・・・・・・」
「いいんだよ俺のことは!テメェのが死にそうなくせに人のこと・・・ッ!」
口調を強めたせいか、突然全身に痛みの波が押し寄せた。くらりと視界がゆがむ。
思わず無言の声を上げ、体を折るアルダン。アレクが驚き、起き上がりかける。
それを止めようとしたとき、突然部屋の扉が開かれた。
「!?ピックフォード!?お前何してるんだ!!」
そう叫んだのは、デュライだった。アルダンの姿を見るなり、飛び込むように駆け寄りその体を支えた。
「まだ動ける体じゃないだろう!!起きるなと、あれほど・・・・・・っ」
「・・・・・・デュライ」
アルダンはデュライを見上げ、何かを言おうとしたが、唐突に気を失ってしまった。
「お・・・オイ、ピックフォード・・・・・・っ」
慌てて頬を叩くが、目を覚ます気配は無い。ぐったりとデュライの腕に体を預けている。
「・・・・・・ずいぶんと無理をしたみたいだね」
デュライの背後から静かな声が届く。開けっ放しにされた扉の向こうから、ハルトが首を覗かせていた。
彼はつかつかと歩み寄ると、デュライの腕からアルダンをそっと引き離した。
「僕が引き受けるよ。見張りでも立ててないと、どうも安心できないね、アルダンは」
苦笑まじりにそういい、自分よりも体格の良いアルダンをひょいと担ぎ上げる。
デュライが頼むと言うと、にこりと笑って部屋を出て行った。
「・・・・・・まったく、うっかり目も離せやしない。・・・ガルシア、気分はどうだ」
残されたデュライは深々とため息をつき、アレクを見下ろした。
アレクは彼を見上げ、一度閉められた扉を見、再びデュライを見上げた。
「・・・大丈・・・夫・・・です・・・」
「・・・。すまん、愚問だったな。無理しなくて良い」
起き上がろうとしたアレクを留め、デュライは椅子に座り込んだ。
アレクの様子を見に来たというのに、まさかアルダンがいるとは思いもしなかった。
動けないはずだったのに、まったく無茶ばかりやらかしてくれる。
頭を抱えたい思いでいっぱいだったが、アレクの視線を感じ、顔を上げた。
「?どうした、ガルシア」
じっと見つめられていたことに気付き、問いかける。アレクはしばし迷った末、口を開いた。
「あの・・・アルダンの、怪我・・・やっぱり酷い・・・」
たったそれだけの言葉を紡ぐのも、今の彼には苦しいようだ。デュライはアレクの額のタオルを絞りなおしてやった。
「お前は自分のことを心配しろ。お前こそまだ・・・・・・」
しかしアレクの瞳を見、深くため息をついた。
「―――・・・そうだな。ヤツは気力があるからこそ、あんな平気な顔をしているが・・・・・・本当を言うと、恐らくお前より」
「・・・・・・」
静かに告げられた言葉に、そっと目を閉じる。
まだアルダンの意識は不安定な状態なのだろう。外傷よりも精神の損傷のほうが重いはずだ。
デュライは再び立ち上がると、窓に手をかけた。
「正直、まさか動けるとは思わなかった。一人で起き上がることすら、出来ないはずだったのにな。
・・・それほど、お前のことが心配だったのだろう」
「・・・・・・」
「?どうした、意外か?」
アレクが黙り込んだことに気付き、彼を振り返る。アレクはじっと天井を見つめていた。
デュライはその胸中を察したか、ふっと笑みを漏らし、窓枠に寄りかかった。
「―――奴は誰よりも、仲間を思う。誰よりも、何よりも。・・・たとえ自分がどうなろうとな」
「・・・・・・けど、俺・・・・アルダンに、あんまり・・・・・・」
迷ったように口にするアレク。
あぁ、そういうことか。
デュライは一人、納得した。
アレクはアルダンにあまり好かれていなかった。
命の危険をおかしてまで自分を助けに来たことに、少なからずの疑問を抱いているのだろう。
デュライは再び、困ったように笑った。
「お前もしょうもないことを考えるな。あいつがそんなに小さな奴だと?」
困ったように首を振るアレク。
アルダンの人望は厚い。彼が仲間を重んじていることも知っている。
しかし彼は今回、掟を破った。
しかも、自分のために。
掟を守れと言い聞かせていた相手のために、自ら命令に背き、掟を破った。
「・・・お前が罪の意識を感じることはない」
気付くと、デュライが再び傍らに立っていた。まっすぐにアレクを見つめ、やがて目を伏せた。
「・・・・・・撤退命令を出したのは、この俺だ。それに背き、お前を救い出したピックフォードには何の罪も無い。
・・・恨んでいいぞ、ガルシア。俺はお前を・・・・・・見殺しにしようとした」
静かに告げるデュライ。
アレクはじっと、デュライを見上げていた。
「・・・・・・恨んだり・・・・・・するわけ、ないじゃないですか」
ぽつり。
そう、呟いた。
「隊長の判断は・・・正しかったです。俺はあの時・・・もともと、死の覚悟を持って、あそこに残りましたから・・・。
・・・俺が、何を思って竜騎士になったか・・・・・・隊長だって、知っているでしょう?」
そう言って、にこりと笑った。
「・・・救出部隊を送り込まれて、もっと大惨事になるほうが・・・・・俺が残った意味なんて、なくなってました。
・・・まさかアルダンが来るなんて、ホント考えもしなかったけど・・・」
あの姿を見た瞬間、本当に息が止まったかと思った。
そんな馬鹿な、と、思った。
だけど現実だった。彼は、助けに来てくれた。
――――本当は、すごく嬉しかった。
しかし、同時に怖かった。
アルダンが目の前で血を流し、それでも立ち上がり、自分を助けようとした。いつ倒れるかも、解らないような状態だった。
彼が死んでしまうのではないかと、それだけがすごく怖かった。
「―――・・・ピックフォードの回復力は、尋常じゃない。」
ぽつり、デュライが呟いた。
「恐らく、竜人であることも関係してるのだろうが。・・・今回だけじゃない。奴はこれまでに、何度も無茶をやらかしてくれたよ。
だがその都度、驚異的な生命力を見せ付けられた。本人は自覚していないが、実際は・・・ありえないことだろうな」
そこでふと視線を感じ顔を上げると、アレクがじっと見つめていた。
デュライはフッとため息をつき、頭をかいた。
「・・・すまん、余計なことだった。忘れてくれ。―――さぁ、そろそろ仕事に戻ろう。何か欲しい物はあるか?」
聞かれ、アレクは首を振る。デュライはもう一度タオルを絞りなおしてやると、ドアに手をかけた。
「・・・っ隊長」
その時突然、アレクが声を上げ、デュライは驚き振り返った。
「あの、・・・・アルダンに・・・元気になったら・・・あの場所に、って」
「――?どこだ、それは?」
抽象的なメッセージに首をかしげると、アレクはハッと息を呑み、慌てて首を振った。
「すみません、何でも・・・やっぱり、いい、です・・・」
どこかしゅんと縮こまったアレク。
デュライは不思議そうに見つめていたが、小さく微笑んだ。
「わかった、伝えておく」
「えっ・・・」
「奴にはそれで伝わるんだろう?伝えておくから、それまでにお前もしっかり傷を治せ」
デュライの笑みはやわらかく、それだけでアレクは安心したように小さく笑みを漏らした。
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