丘を登りきったところで、アルダンは足を止めた。
穏やかな下り坂に座り込んでいるのは、見覚えのある青年。まっすぐな金髪が柔らかく風に吹かれ、木漏れ日を弾いて揺れた。
気配に気付いたのか伏せていた瞳を開き、ゆっくりとこちらに目を向ける。
アルダンの姿を見つけ、驚くでもなくやわらかく微笑んだ。
「・・・・・・来てくれたんだ」
静かに歩み寄るアルダン。そのまま無言で座り込み、空を仰いだ。
「ずいぶんと抽象的な指定だな」
「わかりにくかった?」
「・・・や。すぐわかった」
アレクと出逢い、手合わせをした場所。
それがこの丘だった。
アレクとの関連がある場所といえば、ここしか思いつかなかった。
アレクは「そっか」とだけ呟き、膝を抱えた。
静かに風が流れていく。時折揺れる木の葉の音が、静寂の中耳に心地よい。
チラリとアレクを盗み見ると、彼は目を伏せ、何を語るでもなくただじっと風の音を聞いていた。
「・・・礼を、言いたかったんだ。」
おもむろに口を開くアレク。
アルダンは無言のまま、じっと足元を見つめた。
「まさか助けに来てくれるなんて、思ってなかった。・・・・・・俺はあのまま死ぬ気で」
「馬鹿なこと言うんじゃねぇ」
アレクの言葉を、アルダンが唐突にさえぎった。静かな低い声には、何か抑えられた感情がこめられていた。ビクリ、と、驚くアレク。
アルダンは口をつぐみ、前方を見据えた。
「・・・・・・新人のくせに・・・・・・勝手に死ぬとか、考えんじゃねぇよ」
感情を抑える声は震えている。アレクは何かをいおうとしたが、そのまま言葉を飲み込んだ。
アルダンは再び黙り込み、じっと遠くを見つめた。
「・・・だけど、お前が皆を逃がしてくれたことには・・・感謝してる。でなきゃ多分、参番隊は本当に壊滅してた。・・・きっと誰も、無事じゃすまなかった。」
ほぼ独白に近い、呟き。アルダンは顔を上げ、アレクを見た。
「・・・どうして囮なんか。お前、誓いはもう立てたのか」
「・・・んーん。まだ。・・・・・・何でってゆわれても」
アレクは首を振りながら、困ったように笑う。だけどね、と、小さく続けた。
「・・・俺が守れるのなら、守りたかった。・・・・・・俺は、守られて生かされたから。だから、何もしないで死ぬよりも・・・・・・みんなを守って、死にたかった」
「?生かされ・・・た?」
「そ。父親に。・・・・・・アルダンと、一緒だよ。」
しばらく、言葉を失った。
アルダンは目を見開き、じっとアレクを見つめた。
「・・・・・・13年前の悲劇。あの時俺は・・・父に守られ、生き延びた。・・・・・・父の命と、引き換えに」
「―――・・・」
硬直したまま、アルダンはかろうじて瞳を伏せた。
呼び覚まされる、過去の記憶。
崩れ落ちる、大きな背中。
冷たくなる、父の身体。
―――生かされた、無力な自分。
「―――アルダンのお父さん・・・当時最高の竜騎士、だったんだよね」
静かに呟くアレク。アルダンは黙っていたが、小さくコクリと頷いた。
「俺を庇って・・・死んじまったけどな」
「ん。知ってるよ」
アレクは静かに頷いた。
「アルダン、よく墓参りしてたよね。俺、よくアルダン見てたもん」
「え゛っ!?知らんかったぞ俺!?どっから・・・っつかいつから見てたんだよ!?」
「それはヒミツさ。」
「・・・ストーカーかよ、お前」
のけぞるアルダンに、笑うアレク。
「俺の父さんも、竜騎士だったよ。・・・・・・優しい人だった。だけど、やっぱり・・・・・・俺を守って・・・・・・死んでしまった」
父親だけでなく、母親も。家族を失ってしまった。
一人になった中、同じく一人になったアルダンを見かけた。
アルダンには、もともと父親しかいなかった。アルダンは父によく懐き、そして父を誰よりも尊敬していた。
しかしその父親を・・・・・・喪った。
「・・・アルダンが竜騎士団に入団したって聞いたときは・・・びっくりしたよ。・・・・・・すごく尊敬した。
俺、あの悲劇以来、戦うのがものすごく怖くなった。武器なんて持てない。竜族でありながら、竜騎士になろうなんて・・・・・・怖くて、考えられなかった。」
自らを抱きしめるように、腕を組む。
「・・・だけど、同じ経験をしたアルダンが戦うことを選んだのを見て・・・本当にカッコイイと思った。
・・・・・・アルダンはドラゴンレイスだし、その時点で俺とは違うってのは解ってた。けどアルダンのおかげで、俺も戦えるんじゃないかって、思えたんだよ」
「・・・・・・まさかそれで、竜騎士団に・・・・・・?」
「そぅ」
こくりと頷いたアレクに、アルダンは驚き言葉を失った。
まさか自分の知らないところで、自分の行動が他人に影響を与えていたなんて。
「アルダンが竜人最強だって話を聞いたとき、何でか俺がすっごい嬉しくなっちゃって。やっぱアルダンはすごいなぁって思ったよ」
「・・・・・・」
しかしアルダンは、アレクから視線をそらし、黙り込んだ。どこか寂しげな表情を浮かべ、うつむいた。
「―――・・・悪ィけど。俺は・・・お前が思ってるような、立派な奴じゃない。・・・戦おうと思ったのも、ただ守られるしかなかった自分に嫌気が差したから・・・憎しみに、捕われたから」
膝を抱え込み、あごを乗せる。
「・・・俺の強さは、本物じゃねぇよ。たまたま竜人だったから、周りと違うだけだ。残念ながらな」
「そんなことないよ!!!!」
だが、アルダンの独白をアレクがものすごい勢いでさえぎった。突然大声を上げたアレクに、半ば飛び退くアルダン。
「アルダンは自分でそう思ってるかもしんないけど・・・アルダンの強さはホンモノだよ!!じゃなきゃ、どうして竜人のトップになんかなれるっていうのさ?
竜人だってがんばらなきゃ強くなれないんじゃないの?」
「・・・そりゃーそうだけどさァ・・・」
アレクの剣幕に押されつつ、まじまじとアレクを見つめる。アレクは口を尖らせ、まったく、とでも言うようにため息をついた。
「それに、アルダン・・・たった一人で、助けに来てくれたじゃないか」
にこり、とアレクは笑う。
「あの時、ホントは本当に嬉しかったんだぁ。・・・あんな危険なトコに飛び込むなんて、バカだよ。
だけどそれが出来たのは、・・・アルダンが、ホントに強いから・・・強い心を、もってるから」
「バカでわるかったな。」
むすっと言い返すアルダン。
「その馬鹿に助けられたお前は大馬鹿野郎だ」
「あはは、そーだね」
アレクはおかしそうに笑った。
その無邪気な笑顔に、アルダンもつられて笑った。
「あ、アルダン初めて笑った!?」
「は?え、そか?」
「そーだよっいっつもムスーってしてたもんー!!何かいっつも目つき悪くってさー!!俺マジで嫌われてるって思ってたもん」
アルダンの真似をしているつもりか、眉間にしわをよせて目をつりあげるアレク。なんだそれと、アルダンは声を上げて笑う。
「悪ィ悪ィ、無意識だ。だってお前話きかねぇし、何かいっつもどっかから見てるし」
「何、その俺がストーカーやってたみたいな言い方」
「十分ストーカーだろ。そうはいねぇぞ、13年前から話しかけもしねぇで見てるだけなんて奴」
喉の奥で笑いながら言うアルダンに、アレクは口を尖らせた。
「だって・・・・・・なーんかアルダンって、高嶺の花ってゆーかさァ・・・・・・」
「なんか気持悪ィ言い回しだな、ソレ。」
「だ、だってさ!何か話しかけづらいじゃん!?アルダン人気者だしさぁっいっつも誰かといるしさぁっ話しかけても相手にされなかったらとか思うとさぁっ!!!」
「なにそれ、すげェ謙虚。お前そんなキャラかよ。ていうかそんな目で俺のこと見てたワケ?逆にすげェな、他の奴らが聞いたらマジ爆笑モンだぜ」
「・・・・・・うぅう・・・・・・いいよもぅ。とにかく俺にとって、アルダンは強くてカッコイイ竜騎士なんだよ!だから俺、ずっとアルダンに憧れてた。」
膝を抱え、アルダンを見上げた。
「俺が生き方を決められたのも・・・・・今生きているのも・・・・・みんな、アルダンのおかげなんだ。・・・だから、ありがとうだよ。」
アレクは照れるでもなく、静かな表情のまま、まっすぐにアルダンを見つめていた。
面と向かってありがとうだなんて、そんなに言われなれていることじゃない。
チラリと見えたアレクの真摯な瞳に、アルダンのほうがくすぐったさを覚え、頬をかいた。
「っで、まっそんなわけで俺も竜騎士になろうって決めたのサ!アルダンみたいに強くなって・・・父さんみたいな竜騎士になりたいって・・・
竜族の、一人前の男として生きたいって思った。誇りある死を迎えたいって、思った」
「・・・そっか。そだな。」
アレクの言葉に、アルダンも小さく頷いた。
ようやく理解できた。
デュライはアレクの過去を知っていたのだろう。彼の思いも、決意も。
だからこそ、竜騎士団に入れた。誇り高き道を、与えた。
「よーし!!」
突然アレクが叫んだ。両方の拳を握り、空に向かって伸びた。
「決ーめたっ俺アルダンのこと、これからアルって呼ぶ!!!」
「は!?」
嬉しそうに叫ぶアレクに、素っ頓狂な声をあげるアルダン。唐突だ。
アレクはアルダンを振り返ると、にっこりと笑った。
「いーでしょ、アル」
「え、い・・・ちょ待て、何お前突然・・・」
「お前じゃないよ、アレクだよ」
「・・・ガル」
「あれく」
「・・・・・・・・・・・・。・・・・・・アレク」
「やったぁ」
名前を呼ばれると、アレクは嬉しそうに手を叩いた。アルダンはというと、げんなりと肩を落としている。
(何だ・・・やっぱこいつといるとペース崩される・・・)
まるで子供のように無邪気に笑うアレク。幼い顔立ちに、さっき見せた表情は想像もつかなかった。
きっと、竜騎士になるには相当の葛藤があっただろう。口先では何とでもいえる。だが彼はそれを実行し、死の覚悟も見せた。
やがてアルダンはため息をつき、困ったように苦笑を浮かべた。
「いいさ、好きなように呼べよ。アレク」
「うわ、やった!しかもやっと名前で呼んでくれた〜」
本当によく表情に出る奴だ。
アレクは「じゃあじゃあ」と、右手を差し出した。
「これで俺たち、友達なっ!戦い方も、生き方も、いろんなこと教えてよ」
にこりと笑うアレク。アルダンも、笑った。右手を差し出し、握り返した。
「よ――し、そんなら俺が一から掟叩き込んでやろう」
「え―――――――!!?いいよ、自分で覚えるよ!!」
「黙れお前絶対ェ覚えねぇだろーがよ」
笑いながらアレクの首に腕を回す。アレクはじたばたともがきながらも、嬉しそうに笑った。
いつ何が起こるかわからない、またいつ悲劇が起こるかもわからない世界で、彼らはただ誇りの為に戦う道を選んだ。
それがどんな結末を迎えるかは誰にも解らないけれど。
だけど、短くてもいい。
それが自分の、生きた軌跡となるのであれば。