バタバタと音を立て、足元に小さな染みが広がっていく。
気味の悪い、何かのうめき声のような音を聞きながら、ぼんやりとそれを見つめた。
(――――もう・・・・・・みんな、帰れたかな・・・・・・)
霞む意識の中、ふっと口元に笑みが浮かぶ。
身体にいくつもの枝や蔦が絡み付いてくる。
それらに貫かれ、生命力を奪われていくのがまざまざと感じられた。
視界がきかない。
・・・・・・死が、目前に迫っていた。
(・・・・・・仲間を護って、死ねるなら・・・・・・本望だ・・・・・・)
今更、死など怖くなかった。
・・・・・・何も出来ずに死ぬことのほうが・・・彼にとっては、よっぽど怖かった。
痛みすら、遠くに感じる。
―――――酷く、眠たかった。
ふと、遠くから何かが聞こえた。
木々のしなる音とは違う。
続いて、何かが光った。
幻聴・・・幻覚か。それとも、ついに迎えが来たか。
「 馬鹿野郎っ死ぬなガルシア!!!! 」
しかし一瞬の後に両肩をつかまれ、強く揺さぶられた。驚き、顔を上げる。
霞んだ視界に、見覚えのある顔が浮かび上がった。
「・・・ァ・・・・、ル・・・・・?」
「喋るな、いいから諦めんじゃねぇぞ!!」
アレクの頬を両手で挟み、叫ぶアルダン。焦点の合わぬ瞳は、光を失っていた。
アルダンは槍を収めると、急いでアレクの体を拘束する蔦を引きちぎり始めた。
しかしそれは予想以上に硬かった。
アレクの足に装着されたナイフに気付き、迷わず引き抜きくとザクザクと切り落としていく。
どうやら、敵の正体は植物系の魔物らしい。
アレクの後ろに、異常なほどに大きな、禍々しい塊があった。朽ちた樹のような、ずんぐりとした黒い物体。
それから無数に伸びる蔦が、周りの木々、そしてアレクに絡みつき、貫いていた。
(あれが本体・・・・・?いつの間に、こんなところに・・・・・・寄生してたのか?)
その物体が、不気味な音を発しながら、周囲から生命を奪っていっているのが解った。
アレクの肩越しにそれを睨み、しかしそれに気をとられている場合でもなかった。
突然、アレクの首に蔦が絡みついた。
「―――っ!」
「ガルシア!!・・・くそっ!!」
ギリ、と固く締め付ける音がする。即座に切り落としたが、アレクは苦しげにせきこんだ。
同時に手足を締め付ける力も強くなっていく。
「・・・ル・・・ダ・・・・・も、いい、から・・・逃げて」
咳き込みながら、アレクが呟いた。途切れる呼吸の中、血を吐きながら。
しかしアルダンはそれを無視し、必死に蔦を切り落としていった。切り落とせど切り落とせど、新たな蔦が絡みつく。
―――その時だった。
突然、アルダンの体に衝撃が走った。
アレクの両目が、見開かれる。
アルダンの体を、無数の蔦が貫いた。
「・・・・ぁ・・・」
ガクリと体が力を失う。アルダンの手から落ちた短剣が、乾いた音を立てた。
衝撃が熱に変わり、痛みと変わる。
――――しまった。
揺れた視界に、凍り付いたアレクの表情がうつった。
「アルダ・・・・・・っもういい、もぅいいから逃げろ!!早く・・・・・・っ死んでしまう・・・・・・!」
じわりと、アルダンの制服が緋色に染まっていく。それを見、アレクが悲痛な悲鳴を上げた。
しかしアルダンは、腕を貫いた蔦を掴むと思い切り引きちぎった。途端、腕から血が溢れる。
その痛みにうめきながらも、鋭い瞳をアレクに向けた。
「馬鹿野郎・・・・・・っ死にかけてんのは、テメェだろ!!!!!」
血を吐くように叫び、立ち上がる。足を貫かれ、体重を支えることが出来ない。
半ばアレクに寄りかかるようにして、アルダンは歯を食いしばった。
「・・・・・・死なせねぇ・・・・・・」
ぽつり。小さく呟く。両手に力がこもった。
「死なすもんか・・・・・・っ」
アルダンの右手に、銀色の光が宿った。
「絶対ェ、助けてやる!!!!!!!!」
そういうなり、彼はアレクを拘束する蔦を両手で掴んだ。
――――――――刹那。
「っぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!!!!」
突然、アルダンの体から蒼い光が放たれた。
炎のような、蒼い光。――――――蒼炎。
すさまじい音を響かせ、蔦が凍り付いていく。一瞬にして凍りついたそれは、一気に砕け散った。
アレクの体が支えを失い、崩れ落ちる。その体をしっかりと抱きとめ、右手を高く掲げた。
『ヴァルダ!!!』
瞬時に竜を召還し、その背に飛び乗る。
魔物の咆哮が響き渡った。怒りに満ちた声と共に、アルダンめがけて木々が襲い掛かる。
しかしヴァルダが首をめぐらし、それらに向かって光線を放った。
木々が凍りつき、砕け散る。
「ヴァルダ、やれ!!!」
アルダンの声に応じ、ヴァルダの蒼炎が魔物本体に直撃する。
地面に深く根を張ったそれは動くことが出来ぬまま、凍りついた。
それを確認する間もなく、アルダンは竜を飛び立たせた。
(・・・・ッ!!)
しかし、もはや体は限界だった。
いくつもの貫通した傷口から鮮血が溢れ、力が失われていく。
意識を失ったアレクを両腕に抱え、死ぬな、と願う。
「ヴァ・・・、ル・・・・・・」
朦朧とした意識の中、頼む、と呟いた。
生き残った蔦がそれを遮ろうとするが、構わず突き破り、空へと舞い上がった。
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