どこか遠くから、高く澄んだ音がした。
まっすぐな、意識に直接響く音。
何の音だろう、と、ぼんやりと考えていた。
が、その正体に気付いた瞬間、彼は飛び起きていた。
( 竜笛!!!今のは・・・シンのだ!! )
シンの竜笛の音が、アルダンの意識に直接届いた。部屋はまだ真っ暗だ。
灯りもつけずに槍を引っつかむと、制服もまともに着ないまま部屋を飛び出した。
外に出たところで、ルークとゼストに出会った。
「アルダン!聞こえたか!?」
「シンだろ!?帰ってきてないのか!?」
同じく竜笛に気付き、飛び出してきたのだろう。二人は首を振り、そして駆け寄ってきたデュライに気付いた。
「ハストが応援を要請したというのは!?」
「本当だ、デュライ!全員、竜笛を聞いた。参番隊の任地は」
急き込むように問いかけたデュライに、アルダンが応える。彼は竜を召還すると、その背に飛び乗った。
「Bブロック・・・Bブロック3-12だ!ピックフォード、先に行ってくれ、ジェイオンはこっちで待機を。救護部隊をまとめてくれ。
スカイ、準備が出来次第共に向かう、竜の召還を頼む」
「了解!!」
三人が同時に、左胸に拳を当てる。アルダンはそのまま闇夜に飛び上がった。
参番隊の任地に向かっていると、それよりも大分手前のところで松明の灯りが見えた。
人影が集中している。アルダンは竜を急降下させると、地面に飛び降りた。
「壱番隊アルダン=ピックフォード、参上した!・・・状況は!?」
竜を宿すなり急き込むように問いかけるアルダンに、その場にいた騎士は慌てて応えた。
「参番隊の任地に魔物が出現、戦闘したが撤退した。負傷者多数・・・部隊は崩壊状態だ」
「部隊が!?・・・そうだ、シンはどこに?あいつが援軍要請を・・・」
しかし言い終わる前に、アルダンは言葉を切った。
松明を掲げる人混みに飛び込む。
「あ・・・っアルダン・・・」
驚き顔を上げたのは、参番隊の騎士たち。皆憔悴しきった面持ちで、援護に駆けつけた騎士達に支えられている。
その中にシンの姿を見つけ、駆け寄った。
「・・・・・シン・・・」
膝をつき、その頬に触れる。
シンの意識は、無かった。
血にまみれ、蒼白な顔に生気は無かった。
「・・・・・最後まで戦ってたんだ。退路を作るために」
顔を伏せたまま苦しげに呟く騎士。参番隊の部隊長が、シンを腕に抱えていた。
「―――部隊が崩壊しかけて・・・撤退しようとして・・・シンのおかげで、抜け出せた」
「・・・竜人も・・・やられたのか・・・?」
半ば呆然と呟くアルダン。普通の戦闘で、竜人が倒れることは殆ど無い。
手袋がはずれたままのシンの手を握り、ふとアルダンは顔を上げた。
「アイツ・・・おい、ガルシアは」
参番隊の騎士達の中に、アレクの姿が見当たらない。
しかしその時、その名に騎士達の表情が硬直した。異変を感じ取り、素早く周囲を見回す。
「ガルシアはどうした!?おい、まさか」
「―――――――・・・・・アレクは・・・・・・囮に」
ぽつり。
シンを支えていた騎士が、呟いた。
言葉を失った。
「おと・・・り・・って、じゃあ・・・・・・」
「・・・自らの身を挺して、部隊を守った」
背後から、静かな声が聞こえた。振り返ると、デュライが立っていた。
「・・・状況は大体理解できた。この惨状・・・無事なものは参番隊を護送、すぐに手当てをしてくれ。他の者も皆撤退だ」
「デュライ!!?」
デュライの言葉に、アルダンは思わず叫んだ。
「全員撤退って!!ガルシアは!!こんな、みんなやられたのに、アイツ一人で残ってんだぞ!!!助けにいかねぇと!!」
立ち上がり、槍を引き抜くアルダン。しかしその肩を、デュライが掴んだ。思わず振り返る。
デュライと目が合った瞬間、アルダンは硬直した。
デュライの瞳には、鋭い、有無を言わせぬ力があった。
「・・・これ以上、被害を広げるわけにはいかない。一度戻り、特殊部隊に指示を出す。―――――それに・・・この惨状では、もう・・・」
「見捨てるのか!?アイツは他のヤツらを守るために」
「命令だ!!」
アルダンの言葉をさえぎり、デュライは怒鳴った。
その声に息を呑む。
呆然とデュライを見つめる。彼は口を真一文字に引き結び、睨みつけるようにアルダンを見据えていた。
うつむき、歯を食いしばった。
「・・・・・・・それが・・・・・仲間を守ろうとしたヤツを見捨てるのが、竜騎士なのかよ・・・」
デュライの腕を振り払い、顔を上げた。
「そんな命令従わねぇ!!俺一人でも助けに行く!!!」
「!!ピックフォード!!!」
突然竜を召還し、アルダンはそのまま空高くへと舞い上がった。下から、戻れと叫ぶデュライの声が聞こえる。
しかしそんなもの、アルダンの耳には届いていなかった。
(馬鹿野郎・・・・・・馬鹿野郎、ガルシア・・・・・・!!)
参番隊の任地は、すぐそこだ。
絶対に、持ちこたえていてくれと・・・・・闇夜を見つめながら、ひたすら願った。
しばらく竜の背に乗っていたアルダンは、やがて参番隊の任地へたどり着いた。
しかしそこを上空から見つけた瞬間、息を呑んだ。
「どう・・・なってんだ、コレ・・・・・」
深く生い茂った木々。その木々が、一点に集中するように、自らの体を捻じ曲げている。
森がまるで不気味なドームのようになっていた。
上空からその中心部に進入することは不可能だ。森の入り口へと降り立ち、竜を手に戻した。
入り口でさえ、木々が密集し枝を絡ませ、外部からの進入を頑なに拒んでいた。
「樹が・・・まるで生きてるみたいじゃねぇか」
硬く絡み合った太い枝に触れる。その時突然、鞭のしなるような音が鳴った。
「!!」
とっさに視界の端に捕らえた影に槍を落とす。硬い衝撃と共に、太い枝が切り落とされた。
「・・・っい・・・っきてる、マジで・・・」
一歩。後ずさり、呆然と木々を見上げる。
しかし迷っている時間は無かった。アルダンは両手で槍を握ると、一気にその壁へと斬りつけた。
不気味に硬い音を響かせ、何とか人一人が通れるほどの空洞が出来る。
その中に飛び込み、目的の中心部へと駆け出す。
空まで覆い尽くされた夜の森は暗く、闇の中を進んでいるようだ。
アルダンは手袋をはずし、右手に光を宿しながら進んだ。
(待ってろ・・・死ぬなよ、ガルシア・・・!!)
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