その日は朝から暑かった。


ぎらぎらと輝く太陽が、あくことなくいっぱいの光を渓谷に降り注がせる。

むきだしになった岩肌が熱をもち、まるで灼熱地獄だ。

そんな中、小さな岩陰に避難しながら、アルダンは額の汗を何度もぬぐっていた。

「あー・・・ちぃ・・・・・何なんだ・・・なんでこういう時に限って任務入ってんだ・・・・・・」

槍に寄りかかり、うだる暑さにげんなりと愚痴がもれる。

昨日までは非番だった。しかし雨だった。

不思議とアルダンが任務に出るときに限って太陽は張り切ってくれるようだ。

しかしこの季節の中じゃ、ありがた迷惑というものである。

アルダンはうらめしそうに太陽を見やった。

「アルダンー?そろそろ交代しよう」

少し奥の休憩所から、別の青年が現れた。

アルダンと同じく、壱番隊所属の竜騎士、トール=ケイトレイ。

おぉ頼むと力なく返すと、トールはまじまじとアルダンを見つめた。

「・・・相当参ってるなぁ。何その死にそうな顔。ホント暑いの嫌いだろ」

「マジカンベンだよ」

アルダンはうんざりと返し、ふらふらと休憩テントに潜った。

少し奥にはいると、岩は冷たく少し涼しい。ほぅと息を吐き、冷たい水を一気に飲み干した。

今日の任務は、村から一番近い見張り台の番、それにパトロール。

パトロールは主に竜人の仕事に当たる。

竜を召喚できる彼らは、空中から警備に当たるのだ。

アルダンは少し休むと、再び表へ出た。

「トール、じゃあ俺パト行ってくるわ。ここよろしく」

「うん?ああ、オーケーオーケー。気ィ付けろよ」

手を振るトールにおうと返し、アルダンは竜を召喚すると大空へ舞い上がった。

頬に受ける風が心地いい。暑さに火照った身体を冷やしてくれる。

「なんでまたこんなに暑ィんだ・・・。なぁヴァルダ」

愛竜、ヴァルダの首にもたれかかりげんなりと愚痴る。もっともだとでもいうように、ヴァルダも喉の奥からくぐもった声を上げた。


元々、アルダンは暑さに弱い。それにはれっきとした理由があった。

アルダンの身体に宿る神竜――――ヴァルダは、氷の力を司る。

竜人は自らの身体に宿す竜の属性により、自身にもその属性の能力が備わっている。

つまり、アルダンの司る属性は、氷。

暑さを嫌う、ごもっともな理由だった。


「さっさとまわって戻ろう・・・・」

相変わらず容赦なく照りつける太陽が疎ましい。

アルダンはパトロール地点を確認すると、槍を握りゆっくりと廻っていった。





竜族の領域は広い。

竜族の谷と呼ばれる渓谷はもちろん、その渓谷を飲み込むようにして広がる大きな森も、かれらの所有領域であった。

ただ公にしているわけではないので、人間がその森を通過することがあっても関与はしない。

その大きな森の上空を、アルダンはぐるりと飛んでいた。

全体を見て廻るわけではないが、何せ竜人の人数が少ないものだから一人分の任地は広い。

今日も何の異常も無い様で、アルダンはヴァルダの首を軽く叩くとトールの待つ見張り台へと戻った。

しかしその道中、ふと空気に異変が起こった。

「―――――?」

敏感にそれを感じ取ったか、アルダンが不審げに周囲を見回す。

(気のせい・・・か?)

首をかしげ、視線を戻す。

だが次の瞬間、それは間違いだったことに気付いた。

突然、ヴァルダが甲高い声をあげ、その巨体が大きく傾いた。

「うわっ!!・・・ヴァルダっ!?」

愛竜の異変にアルダンが槍を握る。その時、肩に突然重たいものを感じた。

「なっ・・・っ魔物・・・!!」

肩に圧し掛かってきたのは、一体の大きな魔物だった。

骨ばった体からは大きな翼が生え、角のはえたトカゲのような頭。大きく裂けた真っ赤な口には、ずらりと鋭い歯が並んでいる。

それが甲高くギャアギャアと叫びながら、鋭く大きなツメでアルダンの肩を掴んでいた。

「い・・・っ・・・!!」

真っ黒なツメが肩に食い込み、鋭い痛みが走る。

とっさに槍を持ち直し、振り上げた。幸運にも刃先が魔物の翼を掠り、それは一声叫ぶとツメを外した。

途端に肩口にじんわりと赤い血が滲み出す。

「何・・・どうしていきなり・・・っ」

傷を庇っている余裕は無い。気付くと周囲に4、5体、同じ種類の魔物が叫びながら飛んでいた。

「Bブロック13-3地点・・・・・こんな報告聞いてねぇぞっ!!」

一人悪態をつき、飛び掛ってきた魔物たちを迎え撃つ。

1体、2体。流れるように槍を操り、魔物の翼を奪う。

しかし先に両肩をやられたせいで、その痛みに手元は思うように動かない。

突然、ぐらりと視界が歪んだ。「あ、」と小さな声が漏れる。

同時に強い吐き気を覚え、思わずうずくまり口元を押さえた。


苦しい。


激しい頭痛と目眩が起こり、目をあけていられない。意識が急速に遠のいていく。

強い衝撃を受け、体が軽くなった。同時につつまれる、浮遊感。

(ぁ・・・・・)

落ちる、と感じる余裕も無かった。

そのまま、アルダンの意識は闇へと落ちた。











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