ひやりと、額に冷たい感覚が走った。
同時にズキズキとした痛みが、頭の中に響き渡る。
近付いたり遠のいたりと、高速に回転する意識の中、遠くから誰かの声が聞こえた。
若い男の声。聞き覚えがある。
また冷たい物が、今度は首に当てられた。冷たい感覚が、熱った身体に浸透する。
次第に快復してきた意識の中、そっと目を開いた。
「あっ・・・気付いたか」
同時に聞こえる男の声。その主を探すように、アルダンは首を倒した。
「誰・・・っぁ・・・っ!」
「動くな!!力抜け、アルダン」
猛烈な目眩と吐き気に襲われ、苦しげな声がもれる。その身体を押さえたのは、黒髪の青年。
「――――・・・・ゼス・・・・ト・・・・・・・・?」
ようやく誰だかわかった。
心配そうに覗きこんでくるのは、六番隊所属の竜騎士、ゼスト=スカイ。
切れ長の目を伏せ、安心したように深く息をついた。
と、その後ろからもう一人別の青年がひょっこりと顔を出した。
同じ任地についていた、トールだった。
「アルダン!!ごめんよ、まさかこんなことになるなんて・・・早く気付いてやれればよかったのに」
心底安心したと言うように、トールは泣き出しそうな表情を浮かべた。
「熱中症だ。暑い中、ずっと任務着いてたんだろ?パトロール中に気絶したんだ」
「!!そうだ、魔物・・・っ」
「あああだから動くなっ!!!熱すげぇんだぜ!?怪我だってしてんのにっ」
飛び上がりかけてまた押さえつけられる。
アルダンはそのままぐったりと沈み込み、苦しげな声を漏らした。
「・・・・・ヤベェ・・・・キモチ・・ワリィ・・・」
「当たり前だろ!!頼むから大人しく寝てくれよ」
トールが懇願するような声を上げる。
同じ任地についていながら、アルダンの不調に気付いてやれなかったことに責任を感じているのだろう。
一方ゼストは、アルダンの口走った言葉に眉をひそめた。
「魔物?おい、まさかお前、その状態で戦ったのか!?」
「うぁ・・・つぅか・・・不意打ち、食らって・・・・・・落とされた・・・・」
ゼストとトールが、同時にアルダンの肩の傷を見る。
包帯をまかれ、治療は施されていたが、爪痕だとはっきり認識できる傷。
「俺、そんまま気絶したみてぇでさ・・・その後知らないンけど・・・。地面まで、落ちてた?」
「あ、いや。お前とっさに笛吹かなかったか?お前の笛が聞こえたから、何かあったんじゃないかって向かったんだ。
ちゃんと激突前にキャッチしてやったからな」
ゼストが苦笑しながら言った。
ゼストもまた、アルダンと同じく竜人だった。
竜人は皆が竜笛と呼ばれる笛を持っている。
主に遠くに行った自分の竜を呼び戻すために使われるのだが、実はそのために使われることはほとんど無い。
そのため、緊急事態や、援軍を求める時に使われる。
その音は普通の笛とさほど変わらないが、竜人どうしであれば距離があっても聞き取ることが出来る。
普段吹かれることの無い笛の音を聞き、ゼストが向かったのだ。
彼が司るのは、風。
他のどの竜人よりも迅いそのスピードのおかげで、辛うじてアルダンを落下から救ったのだった。
「そっか・・・サンキュー」
「気にすんな。とにかく間に合ってよかったさ。―――――ところで、話は戻るが・・・」
ゼストが到着した時には、魔物の姿など何も無かったと言う。
「お前が怪我してたから、一応見回っては見たんだが・・・・・飛行系だろ?どこにもいなかったぞ」
「んな馬鹿な!俺が落ちてる間に・・・消えたってのか」
「現れたのは?現れたのは突然じゃなかったのか?」
「・・・・。突然だ。」
「じゃあ突然消えてもおかしくないっちゃおかしくねぇなぁ」
トールが眉を寄せ、意味がわからないというふうに呟いた。
いきなり現れアルダンを襲い、そしてすぐに消えた魔物。一体何をしに現れたのか。
三人がそろって頭を悩ませていると、小さなノック音とともに扉が開かれた。
「ピックフォード、気が付いたか?」
顔を覗かせたのは、赤髪の青年。竜騎士団の制服を身にまとい、腕にはなにやら大量の資料を抱えている。
その姿を見、ゼストとトールは左胸の前で拳を握ると敬意を表した。
「お疲れ様です。ケイアス隊長」
「お疲れ様」
ケイアス、と呼ばれた青年は二人にもねぎらいの言葉を掛けると、アルダンの枕もとへ歩みよった。
「・・・おう。デュライ」
アルダンが片手をあげ、挨拶する。
デュライ=ケイアス。
若くして竜騎士団総隊長、そして壱番隊隊長を務める青年である。
デュライはアルダンを見下ろしながら、小さく溜息をついた。
「大分落ち着いたようだが・・・・大丈夫か?まだ熱は下がってないみたいだな」
「・・・おう。悪ィな、仕事中に」
「気にするな。しかしお前が倒れるとは、明日からは雹でも降るかな」
「・・・・・・。地味にせめてねぇか?」
「冗談だ。きっちり仕事をこなしてくれるのは良いが、おおかた休みもせず着いていたんだろう?仕事馬鹿にもほどがあるぞ」
「・・・デュライ、それ一番お前に言われたくない」
アルダンがげんなりと返すと、デュライの後ろでゼストとトールが激しく頷いた。
デュライは誰もが認める仕事馬鹿だった。
といったら聞こえが悪いが、とにかく片っ端から任務やら仕事やらをこなしていく。
真面目すぎるほど真面目な性格だった。
が、当の本人は気にしていないように小さく肩をすくめ、腕に抱えた資料を持ち直した。
「最近あった入団審査の報告書さ。数名新に入団が決まった。」
「へぇ。」
適当に返答するアルダン。一方のデュライは思い出したようにふり返ると、ゼストとトールに向き直った。
「二人とも、手間を掛けさせたな。―――スカイ、よく救出に向かってくれた。ケイトレイ、手当てをやってくれて助かった。ありがとう」
「いえっ・・・自分は竜人としての役目を果たしたまでです」
「俺も・・・一緒にいたのに気付いてやれなくて、悪かったと思いますし」
デュライの感謝の言葉に謙遜する二人だが、それを見ながらデュライは笑みを浮かべた。
「もうここはいい。少し休んで、持ち場に戻ってくれ」
「了解しました」
「あっゼスト、トール・・・二人ともありがとな」
部屋を出ようとした二人の背に、アルダンが慌てて声を投げる。二人は振り向くとにこりと笑った。
「ちゃんと休めよ」
そう言い残すと、もう一度胸の前で拳を握り、部屋を出て行った。
「・・・で?熱中症だって?」
片隅の机に資料を山積みにし、腰に手を当てたデュライが問う。
アルダンはまだ心ここにあらず、と言ったふうに視線を彷徨わせていた。
「あー・・・。暑ィのダメなんだって・・・」
「ちゃんと水分取れ、水分。飲めるか?」
腰紐に下げた水筒を手に取り、アルダンの体を支えてやる。そういえば酷く喉がカラカラだ。
頭痛止めも手渡されたが、吐き気がひどいので薬はいいと断った。
再び枕に沈むと、ズキズキと痛みを訴える頭に腕をかぶせた。
「キツそうだな」
その様子にデュライが心配の色を滲ませる。
アルダンは大丈夫だと言い張りながら、そういえばと腕を少しずらし、片目をデュライに向けた。
「デュライは魔物が出たって事、聞いたか?」
「魔物が?・・・いや、聞いてない。一応見ては廻ったが・・・その傷、魔物にやられたのか」
「・・・おうさ。てことはやっぱすぐ消えやがったか」
ち、と小さく舌打ちする。
「場所は」
「Bブロック13-3」
「近いな」
ちらり空を見上げ、眉根を寄せる。
「数は?」
「5体。中型だ。2体は落としたが、あと3体残ってたはずだ」
「・・・空間に歪みでも生じたか・・・手の空いている竜人をまわそう。一応調べてみる必要がありそうだ」
そう言いながら、デュライは再び資料を抱え込んだ。
「じゃあ戻る。空きはこっちで調節してやるからしっかり休め」
「・・・悪いな。助かるよ」
苦笑を浮かべつつ礼を言うと、デュライはそのまま出て行った。
部屋に静寂が訪れる。
頭痛はまだ治まりそうに無かった。しかし、水分を取ったことで少しずつ緩和されている気がした。
視神経の奥に重たい痛みを感じ、そっと目を閉じる。
やがて再び、深い眠りに捕らわれていった。
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