何もかもが変わってしまった
そう感じることすら、できなかった
ただわかるのは――――――
自分が必要とされぬ存在だということ。
ザザザ・・・・ッ
「はぁっ・・・たくアイツ、どこいったんだよ・・・」
茂みの中から抜け出し、少年はげんなりと頭を押さえた。肩のあたりで無造作に結ばれた銀髪が
木漏れ日をはじいて美しく波打つ。まだ肩にやっと届くくらいのそれをうっとおしげに払いのけながら
デュナンは大きく伸びをした。
(今はあんまりうろつかないほうがいいってのに・・・あーもーどこ行ったんだあのヤロォ)
デュナンはふいと姿をくらました親友を―――レイを探していた。
レイは村に戻ってきて以来、つい最近まで意識を失っていた。
今の状態ではあまり立ち歩かないほうがいいと言っていたのに。
デュナンはデュナンで、別に探さなければならない理由など無かったのだが、なんとなく
探してやる必要があるような感じがしてこうやっていろいろなところを散策している最中なのである。
「レイの奴、ぜってーすぐにとっつかまえて・・・」
その時、ふと彼は西の方向に視線を走らせた。その瞳がスッと細くなる。
次の瞬間、彼の足は思い切り地面を蹴りつけていた。
「――――――――レイ!!」
ズザザァッという音を立てて、デュナンは小高い丘の上から一気に滑り降りた。その声に驚き、
丘の下にいた数人の少年たちが驚いて顔を上げた。
―――その中の一人を見た途端、デュナンの瞳に一瞬にして鋭い光が帯びた。
「う、うわ・・・デュナンだ」
「やばいよ」
ひそひそ声でささやかれるその声も無視し、デュナンは迷うことなくその輪の中心に突っ込んでいった。
あわてて避ける少年たちに目もくれず、デュナンは彼の腕をつかんだ。
「レイ」
荒く息をつきながら彼を―――レイを見つけられたことに半ば安堵するデュナン。
レイは彼が現れたことにそう驚きもせず、ただじっとデュナンを見返した。
その漆黒の瞳には何の感情も浮かんではいない。
だがデュナンはそんなことを気にもせず、それよりもレイの腕に目が吸い寄せられた。
押さえている箇所から細く赤い筋が指先に伸び、その指先から雫となって滴り落ちている。
他にも、ぶつけたような後や・・・顔にも幾つか傷があった。
レイを後ろにかばうような形で、デュナンの瞳が少年たちに向けられる。
その瞳に怒りが燃え上がっているのに気付き、少年たちは思わず一歩後ずさった。
「――――――てめェら、いい加減にしろ・・・。レイが何やったっつーんだよ」
口調が静かなだけに余計怒りが伝わってくる。
少年たちはしばらくおどおどと顔を見合わせあっていたが、一人の少年がデュナンを見返した。
「何やったかなんて、関係ないさ!そいつは、や・・・“闇の魔導師”なんだっ」
「あぁそうだな。だからどうした」
「どうって・・・・・」
「それだけの理由でレイに血ィ流させたのか?こんな大人数で?」
デュナンの声が次第に大きくなる。それに気おされたのか、別の少年がわめくような声を上げた。
「理由なんてそれで充分だ!闇の魔導師なんて存在しちゃいけないんだ・・・そいつは俺たちに、
黒魔族に災いしかもたらさない!悪魔・・・お前なんか悪魔だっ!!」
「―――!」
「悪魔・・・悪魔っ」「出て行け!」「出て行け、悪魔!!」
レイの瞳が、わずかに伏せられたのをデュナンは見た。
刹那。レイは身を翻すと、止めようとするデュナンに目もくれず一人走り去っていってしまった。
その後姿に少年たちはいまだ罵声を浴びせ続けている。デュナンは頭の奥がカッと熱くなるのを感じた。
「てめぇらいい加減にしやがれ!!そんなに楽しいのかアイツを傷つけんのが!!」
だが一度勢いを取り戻した少年たちは今度はデュナンにひるむことは無い。
「何だよ、デュナン!いっつもいっつもアイツなんかに味方して・・・!」
「そうだ!なんで“忌むべき者”のアイツなんかを守ろうとするんだよ!!」
「関係ねぇっつってんだろーが!!!大体何だお前ら!?そんなに大勢であいつを攻撃して・・・っ
アイツが傷つかないとでも思ってンのか!?」
「傷つかないさ!!どうせアイツには感情が無いんだ!!」
「だから!?感情が無いから何でもやっていいってのか!?ふざけんのもいい加減に」
だがデュナンが襟首をつかみ上げた少年は、デュナンをキッと睨みつけると声の限り叫んだ。
「何だよ、お前なんか・・・・お前なんかアイツに父親を殺されたくせに!!!!」
彼は一人、大木を目の前にしてたたずんでいた。
伸ばした右手が樹皮に触れ、続いて額を幹に押し付ける。
そっと伏せた瞳は長いまつげのせいで影を落としていた。
身体に力が入らない。このまま倒れてしまえたらどんなに楽だろうと、彼は口元に自嘲的な冷笑をうかべた。
その時、後ろで空気が動いたのを感じ、振り返った彼の瞳に、見慣れた存在がうつった。
「ああ・・・よかった。マジで出てっちまったのかと思った」
苦笑を浮かべながらゆっくりと近付いてくるデュナンに、レイはなんの表情も浮かべず目をそらした。
デュナンはレイの隣りに立つと樹を見上げた。木漏れ日が二人を照らし出す。さわさわと吹く風が心地良い。
ちらりとデュナンを見たレイの瞳に、わずかな動揺の色がさした。
「・・・傷」
「へ?」
レイと同じく、やはりぶつけたような痕や軽い切り傷。
デュナンはあぁ、と苦笑を浮かべると頬の泥をぬぐった。
「どーってことねぇよ。いい運動になったって」
だがデュナンのとぼけもレイには通用しないようだ。レイはふと視線をそらすと瞳を伏せた。
「・・・俺を庇おうとするから」
「大丈夫だって!お前のせいじゃねぇよ。」
デュナンは謝ろうとするレイの黒髪をわざと乱暴にぐしゃぐしゃとかきまわした。
レイはムッと口をつぐんだが、何もいわなかった。
しばしの沈黙が流れた。二人とも大樹に背を預け、その場に座り込んだままの姿勢でただじっと空を見つめ、若葉を見つめた。
やがてレイが伏せていた瞳をあげ、デュナンに語りかけた。
「・・・一つ聞いていいか」
「んん?」
「お前は、―――――――――――・・・お前は何故そうまでして俺を庇う」
「へ。」
突然投げかけられたその質問に、デュナンは間抜けとも言える返事を返した。
なんでそんなことを、といおうとした彼はだが、自分から目をそらしたレイの背がどうしてか寂しげなものに見え、口に出せなかった。
しばらくの沈黙が流れる。デュナンはふっと息を吐くとその場に寝転んだ。
「理由なんかねぇよ。俺たち昔からずっと一緒にいたんだ。なんで急に縁きるような必要があるよ?」
「―――・・・俺は闇の魔導師だ。存在してはならぬ、世界に災いをもたらす者だ。その上、シャルデロイは俺を付け狙っている。
俺に関わりを持つと確実に危険にさらされる。」
「ああ、だから?」
その返答に、レイは思わずデュナンを見た。デュナンは口元に笑みを浮かべていた。
「だから何?俺がいると邪魔?」
「な・・・っそんなことは言ってないだろう」
思わず声が大きくなり、レイはチッと舌打ちした。
デュナンは勢いをつけて体を起こし、そのままレイの頭を思いっきり押した。その不意打ちに、レイはおもわず前へとつんのめった。
「なっ・・・何なんだハルログお前はっ!?」
「関係ねぇんだよ」
だがデュナンから返ってきた返事は、遊びの色など毛ほども無かった。レイは少し驚いてデュナンを見た。
「俺とお前は、ずっと一緒にいたんだ。一緒に笑って、傷ついて、苦しんで、励ましあって・・・ケンカだってしたさ。
でも、でもな。一度だって俺はお前から離れるなんてこと思ったこと無い。しかも何だ?闇の魔導師だから縁を切る?
ハッ!ふざけたこと言ってんじゃねぇよ」
デュナンの声にだんだんと怒りがこもってきた。レイに対する怒りではない。
闇の魔導師―――その力を手に入れただけでレイを忌み嫌い、迫害する同族に対する怒りが湧き上がってきた。
そもそも、闇魔の契約を結んだのはレイの意志によるものではなかった。
魔界が勝手にそうさせたのだ。
記憶を奪い、生きる意味を見失わせ、あげくのはてには魔族にしようとした。
全てはレイの持つ絶大な魔力を手に入れるため。
レイの戦闘能力を利用し、イシュヴェリアを破滅させるため。
たとえ彼が11の少年であっても、そんなことは魔族たちには関係ない。
利用できるものは全て手に入れる。それが魔界のやり方だ。
だが、
「・・・俺は・・・何故契約など結んだのだろう」
レイの独り言にデュナンはギクリと体をこわばらせた。
それに気付くことなく、レイは瞳を伏せる。
レイは契約を結んだのは自分の意志ではなく、魔界にやられたものだということを知らなかった。
契約を結び額に闇の呪印が刻まれ、記憶を奪われた時、レイの中からその真実すらも失われた。
彼が真実を知ると、混乱して魔力の暴走を引き起こすかもしれない。
あるいは魔族にねがえるかもしれない。
そんなことになれば村は・・・・・・黒魔族は滅んでしまう。
それ故、レイには真実を語らぬよう村の掟で固く決められていた。
当然、そんなこと子供たちは知らない。
それ故、大人たちの態度を見、レイは迫害されるべき者だと認識したのだ。
真実も知らずに。
そんなことはおかしい、レイは真実を知るべきだ・・・デュナンはいつもそう思っていた。
しかし自分の体に黒魔族の血が流れているかぎり、一族の掟に従わなければならない。
少数民族である黒魔族にとって、掟は絶対のものだった。
デュナンは切れそうなほど強く唇を噛み締め、震える拳を握り締めた。
「・・・レイ」
「何だ」
デュナンを振り返ったレイの表情が一瞬揺らぐ。
デュナンの目じりに、わずかに光るものがあった。
「ごめん・・・ごめんな。俺何もしてやれない・・・でも絶対お前を見放したりしない!お前が俺のこと憶えて無くても、
俺はずっとお前を信じてる。だから・・・っ」
それ以上は言葉にならず、デュナンは両腕を伸ばし、レイを抱きしめた。
突然のことにレイは驚き手を振り解こうとしたが、デュナンの肩が細く震えていることに気付き手を止めた。
肩口からわずかな嗚咽が聞こえる。
――――彼は何故、泣いているのだろう・・・この涙はどこに向いているのだろう――――
レイは何もわからぬまま、ただ呆然と立ちすくむしかなかった。