ある日の午後。
窓辺でぼんやりと本を眺めながら、レイは物思いにふけっていた。
族長から、しばらくはできるだけ自宅から出ぬよう言い渡されていた。
レイを隔離するためではない。
族長は、デュナン以外で唯一、レイのことを守ろうとする人物だった。
同族たちが気を鎮めるまで、レイはできるだけ身を潜めたほうがいいだろう、と彼は考えたのだった。
別にそれに逆らう理由も無いし、自分だってわざわざ陰口たたかれに行きたいわけじゃない。
レイは素直に承諾し、数ヶ月、ほとんどを家の中でぼんやりすることに費やしていた。
コン。
小さな音が、耳に届いた。
顔を上げると、デュナンが窓の外から手を振っていた。
「おっす、おじゃまー。メシ持ってきたメシ。食おっ」
いきなりドアを開け、ずかずかと入ってきたデュナンに、レイは微妙にいぶかしげな表情を浮かべた。
「何?」
「・・・別に」
何も考えてないのかお前は、という言葉を、レイは密かに飲み込んだ。
デュナンはそんなこと気にも留めず、さっさと座ると持ってきたバスケットの布を取った。
「じゃーん☆今日はサンドイッチでーす!お前好きだろ」
「・・・そうなのか?」
「・・・・。」
おいおいそれまで覚えてねぇのかよ、とでも言うようにデュナンは呆れ顔でレイを見た。
「ま、いーや。お前どっちがい?」
鳥肉を挟んだのと、野菜を挟んだのを両手に取り差し出してみる。レイは迷う間もなく野菜のほうを手にとった。
「・・・・・それは変わってねぇンだなぁ・・・」
「は?」
だから食べ物の好みとか、といいながらデュナンは自分の分にかぶりついた。
しばらく黙ってたレイも、端のほうを少しかじった。
味に問題は無いものの、それは形に関してはいびつなモノだった。
パンが途中で厚くなったり、極端に薄くなったりしている。
パンの大きさに対し中身が少なすぎたり、逆に多すぎたり。
「どした?マズかったかそれ」
1個目を食べ終わったデュナンが、まだ一口齧っただけで固まっているレイに気付き声をかける。
レイはじっとサンドイッチを見つめていたことに気付き、慌てて首を振った。
「なんでもない」
「ぅ。もしかして形が変だとか思ったんだろー」
少し悪戯っぽく笑うデュナン。
彼は2個目のサンドイッチを取った。それはパンのみみが途中まで切れている。
(・・・多分切ろうとして途中でめんどくさくなってやめたんだろうな・・・)
「何考えてンのか知らんが多分当たってっぞ」
ケラケラ笑うデュナン。だがレイは笑わなかった。
彼の表情が暗くなったのに気付き、デュナンはサンドイッチを皿に置いた。
「どした?マジでそれ泣くほどマズかった!?」
「・・・いやそうじゃない・・しかも泣いてない」
「あ。1個だけすんげぇカラシ入れすぎたヤツがあったんだけどもしかして当たった?」
「そんなモン普通に混ぜるな!!;;」
レイの反応に、デュナンはまたケラケラ笑った。
「ツッコミな性格は健在だな。で、何?」
片肘を突き、デュナンは正面からレイを見た。だがレイは、彼の視線から逃れるように顔をそらした。
シーンと、耳が痛くなるような静寂が訪れる。
しばらくしてから、デュナンは思い切り深い溜息をついた。
「あのなぁレイ。黙ってくれてちゃわっかんねぇぞ」
「・・・・。」
レイはちらりとデュナンを見、そして窓の外に目をやった。
「―――何故俺を憎んでないんだ」
唐突に、レイの口から呟きが漏れる。デュナンの眉がひそめられた。
「はぁ?何言って・・・」
「悔しくないのか!?俺はお前の父親を殺した。それからまだ時間もたってないのに・・・何故笑っていられる!?
俺はお前の親の仇だぞ!!」
「やめろ」
口調が激しくなったレイの声とは対照的に、やけに冷えた声が響いた。
はっとデュナンを見ると、彼は腕を組み足元を見つめていた。
彼は顔を上げると、じっとレイを見つめた。
「・・・そのことをずっと考えてたのか?俺の顔みるたんびに」
デュナンの静かな口調に、レイの言葉が詰まる。
だが、突然デュナンはクスリと笑った。その唐突さに度肝を抜かれ、レイは彼を凝視した。
「お前そんな事気にしてたのかよ。意外に馬鹿だな」
「そんな事って・・・」
肉親を殺されておいてそれは無いだろう、と言い募ろうとしたレイを、デュナンは人差し指で制した。
彼はそのまま頭の後ろで手を組むと、伸びをするように天井を仰いだ。
「確かにな。親父が死んで、俺は一人になった。悲しかったし、辛かった。けどお前に比べりゃ全然マシさ。
それに親父、最期に・・・何て言ったかわかる?」
首を振るレイ。
「『お前は何があってもレイの味方でいろ』・・・ってさ。・・・最期の言葉がそれだぜ?お前憶えてねぇかもしんねぇけど・・・
親父、おまえのことも自分の息子みたいに思ってた。俺よかお前のほうに優しかったしさ、何かと『レイはどうだ、レイを見習え』って
もぅうるせーのなんのって」
そこでデュナンはクスクスと笑った。
「・・・俺も親父も、お前のことこれっぽっちも恨んじゃいねぇーよ!大体あの時は・・・お前正気じゃなかったもん。
そりゃいきなり記憶なくして傷だらけで、制御できんよーな力押し付けられて・・・パニックにもなるさ。無理ねぇよ。
大体お前がやろうと思って魔力暴走させたわけじゃねぇし。親父は親父でお前を助けようとして・・・・・
それで村は滅びなかったし、お前も身ィ滅ぼさずにすんだってわけだ」
「・・・。」
「親父は息子同然のお前を助けられただけで満足って顔してた。・・・でまぁ、俺だけど。
俺も昔っからお前と一緒だったわけだし、つぅか闇魔とかぶっちゃけどーでもいいし。
俺はレイ=ラザフォードの親友だ。そいつが黒魔だろうが闇魔だろうが人間だろうがかわんねぇ。
自分で決めた。俺はお前の味方だ。何が敵になろうと、俺だけはお前を守る。絶対に」
デュナンは笑った。
作られた笑みじゃない。本当に自然に、笑みを浮かべていた。
レイにはそれが信じられなかった。
デュナンの強さが理解できなかった。
レイはしばらく黙っていたが、食べかけのサンドイッチを手に取り、一口齧った。
形のいびつなそれは、一人暮らしに慣れていないデュナンが、この数ヶ月間一人では何も食べようとしないレイのためを思って
作ってきてくれたものだった。