自分から約束しておいて 忘れる奴があるか。
一人村はずれを歩きながら、小さく毒づく青年が一人。
昼をとっくに過ぎた空は、すでに太陽が西に向かい始めている。
昼になったら家にいくと言っていた親友は一向に現れず、やがて待っていても仕方が無いと重い腰をあげた。
何故彼が現れなかったのか。大抵の想像はついた。
親友の家に着く。鍵がかかっていないことは知っていた。遠慮なく扉をあけ、中に入る。
想像通りの光景だった。
「―――デュナン。デュナン起きろ」
そのまま机に歩み寄り、机に突っ伏して寝息を立てている親友に呼びかけた。
当の本人は全く気付く由もなく、幸せそうに寝入っている。
・・・何となく、腹が立った。
「・・・・・。」
デュナンのうなじで無造作にくくられている銀髪を、思いっきり引っ張った。
途端、デュナンはがばりと飛び起きた。
「あでだだだだっ!!!!ひっぱんな髪ひっぱんなっ!!!!!」
「じゃあさっさと起きろ、この寝坊魔」
最後に腹いせか、ぐいーっっと一発強く引っ張ってやると、レイは髪から手を放した。
少し涙ぐんで、うなじをさすりさすりうらめしそうにレイを見やるデュナン。
「なんだよ、レイかよ。寝込みを襲うなっ」
「誤解されそうな言葉を使うな、馬鹿。何時だと思ってる。もう昼などとっくに過ぎたぞ」
腰に手を当て、呆れたように教えてやると、デュナンはぽかんとした後、慌てて窓を開いた。
傾き始めている太陽を見、一人で変な声をあげた。
「徹夜か?また何か変なものを作ってるのか」
デュナンの机の上には、良く解らないものが転がっていた。小さな金具やスプリング、工具のようなものから正体不明の液体。
机の上から落ち床に広がったままになっている紙には、びっしりとなにやら図面が描かれ、文字と装飾、計算に埋め尽くされていた。
デュナンの家系、ハルログ家では、代々古代文明の技術を引き継いできた。もはやその血筋は途絶え、
今ではその技術を身につけているのはデュナンただ一人だという。
そんな環境のせいか、デュナンはよく色々なものを創っていた。
役に立つものから良く解らないものまで、その内容はピンキリだが。
本人にとっては、とりあえず完成すればそれでいいらしい。
「あぁ、調べ物してたらみたことない図面でてきて。何かはわからんけど、とりあえず創ってみようかなみたいな」
「・・・。何かわからないまま作ってるのか・・・」
やっぱり良くわからん。幾分げんなりとした表情を浮かべ、レイは図面を拾い上げた。
その文字を読もうとして、ふと目を留める。
「・・・デュナン。これ、カナシュ語じゃないか?」
「あ、そんな名前なんだその言語」
「・・・。」
読めるのか?と聞こうとした自分が馬鹿だった。
レイは心の奥で小さく呟いた。
「それだよ、俺その言語しらねぇもん。だからそれ訳してもらおうと思っててさ」
「・・・別に構わないが・・・一応聞いておく。図面はこれだけか?」
無駄と知りながら口にする。デュナンの指差す方を見たくない。
―――案の定・・・積み重ねられた紙の山が、レイを待ちわびていた。
快諾したのは良いが、レイは早々に逃げ出したい衝動に駆られていた。
デュナンは黙々と器用に指先を動かしている。カチャカチャと小さな金属音が部屋を満たし、そろそろ耳が痛くなってきた。
「・・・デュナン」
「んー?」
「これ、本当に全部訳すのか」
「頼んだ。」
僅かな希望はばっさりと切り捨てられる。
「だって考えてみ?よりによって訳さなかったところに、“爆発注意!”とか“毒効果有!”とか書かれてたらどうするよ。軽く死ぬぜ?」
だったらそんなもの創るな!!
腹の底からそう怒鳴りたかったが、寸出で押し留める。
こういう家系なんだ、ハルログ家は。そうそう、こういう家系。
言い聞かせている自分が悲しくなってくる。
ふとデュナンを盗み見ると、工具を扱っている時の彼の表情は真剣そのものだった。
一方で、楽しくてたまらないという彼の胸中が読み取れた。
――――――しかたない。いつものことだ、付き合ってやろう。
どうせ一人家にいてもすることはない。それなら親友の趣味に付き合ってやるか。
一人こっそりと肩をすくめ、レイは再び羽ペンを手に取った。
穏やかな日常が、今日も通り過ぎていく。
なんでもない、とある昼下がりの一節。
こんな何もないひと時が、彼らにとっては大切な時間なのです。
王李龍都様に捧げました。も、もらってくれてありがとう・・・