空何処迄も長閑に蒼く。

 

『春日遅遅』

 

淡い空が笑っている。

 引き伸ばされて、パステルカラーと同化した雲が、のんびりと漂う。緑の反射した陽光はゆらゆらと、結んでは消え儚げだ。


 空の王の姿はおぼろで、平時強い表情も今は優しい。

時は昼と夕の真ん中。街は空に溶けて行くようだ。水彩画に吹く風は細やかに澄み。

 

「…暇だねぇ…どうも」

 大欠伸を一発ぶちかまし、艶やかな毛並みの黒猫は云う。

「のんびり出来てしょうえいよ。雲ものんびり行っちゅう」

隣の人影がぐーっと伸びをする。

現在彼等は街外れの山中、少し首を右に向けると、丹の剥がれた祠の在る、大きな空間にいる。

上空から見ると、そこは、緑の中にぽっかりと穴が開いたように見える。

木々に切り取られた空から、光が零れて来て、枝葉にぶつかっては砕けて行く。辺りは涼やかに明るい。

「こういう日はのーんびり、空でも眺めながらまったりするががいちじゃもん」

 空を見上げて、ぼんやりとする少年に、

「年寄り臭ぇな」

黒猫は呆れたように云う。

「…陸圧だってそうは変わらんはずじゃ」

少し膨れながら云って、口を開けたついでに欠伸をする。「歳が」と最後に付け加えた。見上げた空には爽やかな風が行く。

 陸圧、と呼ばれた黒猫は、にやり口の端で笑い、「まぁな」と呟いた。

 猫叉である陸圧は、今年で丁度参百になる。因みに、正式に修行をした訳ではない為、尾は二つに分かれていない。

その隣に座る人間、山伏の装束をして、身体を大樹に預けている少年は、猫叉陸圧とはほぼ同い年だ。

彼は江戸の頃からこの山に住んでいる。名をば、

「銀?」

 突然静まり返った傍らに、声をかける。返事は無い。「おい銀」もう一度呼びかけるも沈黙は破られず。

「…おい、まさか」

半ば呆れながら銀を見上げる。空を見上げたまま固定された顔は、安らかでしまりが無い。

先程まで空を映していた眼は、重そうに閉じられている。陸圧は溜息をついた。

春眠じゃぁあるまいし、一人で呟く。

一度は起き上がった身体を沈め、眼を閉じる。

「暇だねぇ…どうも」薄く目を開けて空を見遣る。

 

 ライトブルーの空底抜けに、陽光に抱かれゆったりと、春の時は過ぎて行く。






















10000HITを踏んでくださった秋山透様より、空をテーマに書いていただきました。 踏んでくださった上にすばらしい小説をありがとうございました!!